目に青葉 山ほととぎす初鰹コイゴコロ続編  kinako様vv



   1




最近、ゾロがコンビニに来ない日が続いていた。
毎日毎日、当たり前のように寄ってたくせに、ある日突然、何の前触れもなく現れなくなって。
数えてみれば、ここ10日くらいは会っていない。

電話してもかからないし、3日前やっとかかったと思ったら、しばらく忙しいから会えないと言われた。
連休なのに、予定を空けてないとはどういう事だ。
俺なんか、一緒に遊びに行こうと思って、バイトのシフト外してもらったのに。


「あ〜ぁ・・・つまんねぇ・・・」


一体何やってんだ、ゾロのヤツ。
まさか浮気か・・・いやまさか・・・そんな事はない・・・はず。
俺と知り合った頃のゾロなら、そういう事もあり得るけど・・・今はもう違うから。


ゴロゴロと転がりながら、ルフィはぼんやりと考えを巡らせていた。
しかしそうは思ってみても、はっきりとした理由を告げられなかった以上、不安は付いてくるものだ。
ルフィは、先ほどからもう数えるのも嫌になるほどの溜息をついた。


「ねぇ、ルフィ。そんなに退屈なら、今から一緒に映画観に行かない?」
「サンジと行くんだろ?デートのお邪魔は嫌だもんよ」
「そんな事ないわよ。なら、サンジくんとの約束をキャンセルしても良いけど?」
「サンジが聞いたら泣くぞ」


同じ学校に通うナミとサンジも、ゾロの多忙の理由を知らなかった。
講義はもちろんないし、剣道の稽古も大会もない。
忙しいと思われる理由など、付き合いの長いサンジにも心当たりがないというのだ。


つくづく思う―――俺って、ゾロの事をほとんど知らない。
普段、気になった事なんかないのに・・・いや、今回初めての隠し事だから、こんなに不安になるんだ。


「俺って、ゾロの何なのかなぁ・・・」
「ちょっとルフィ・・・また自分を“必要ない”なんて思ってんじゃないわよね?」
「・・・・・・・・・・」
「バカね・・・アンタは大切な子だって言ってるでしょ?信じなさい」
「うん・・・」


小さな頃のトラウマは、案外根深い。
愛されなかった記憶が、当時まだ幼かったルフィの中にもしっかりと根付いているのだ。
今尚、消えることなく。

だから今でも思ってしまう―――自分は必要のない人間なんじゃないかと。
本当に自分を愛してくれる人はいるのだろうかと。
本当に今、自分は愛されているのだろうかと。

不安で不安で仕方なくて、小さい頃はよく泣いた。
そのたびにナミは、“誰よりもルフィが大好きだよ”、“アンタは大切な子なのよ”と言い続けた。
まるで呪文のように、何度も何度も繰り返し。
それはルフィにとって、心から安心出来る魔法の言葉だった。


「あのバカ・・・今度会ったらぶっ飛ばしてやるからね」
「良いよー俺が自分でぶっ飛ばすから」
「そう?思いきりやってやんなさいよ?手加減なんかいらないからね?」
「うひゃひゃ・・・ナミ怖ぇ」


ルフィが笑ったのを見て、ナミは安心したように微笑んだ。
ルフィもニッコリと微笑むと、このままナミに甘える事にして、一緒に出かけるべく支度を始めた。







「あのクソマリモ、まだ連絡来ねぇのか?」
「うん」
「一体、何やってんのかしら・・・サンジくんはその後、何も聞いてないの?」
「アイツ、俺からの電話を着信拒否にしやがったんですよ」


サンジは心底忌々しそうに答えた。
そりゃそうだろう、どんなにヒマを持て余していても、普段のサンジならゾロに電話など、頼まれてもかけるワケがない。
これも全てルフィへの・・ではなく、ナミへの愛の賜物だろう。


「俺だってね〜ナミさん!ルフィが可哀想だと思うからこそ、煩いくらい電話をかけましたけどね・・・」
「ええ」
「誰が好き好んで、あんな筋肉バカに電話せにゃならんのですかっ・・・あああ〜・・・ナミさんの声なら毎日毎時聞いていたいですけどね」
「あ〜はいはい・・・じゃ、行きましょうか」
「はぁ〜い!んナミさんっ」


でもその愛も、ナミには軽くあしらわれてるのだから、サンジの今後も前途多難だなーと思い、ルフィは小さく笑った。


「コラ、ルフィ。何笑ってんだ?」
「いや、何にもねぇよ?」


サンジも、初めて会った頃と比べると随分変わった―――と、ルフィは思っている。

最初は、何かチャラチャラしていて、ナミの事も本気なのか何なのか、よく分からなくて。
でも、何度か一緒にご飯を食べに行くうちに、本当に優しい人だという事はすぐ分かった。
ナミを本気で好きな事も。
ルフィとゾロが付き合う事になって、ナミがショックを受けていた時も、慰めて元気付けたのはサンジだった。



「あ、ルフィ。明日のケーキだけど、フルーツてんこ盛りのケーキ持っていくからな?」
「え?」
「そりゃもう選りすぐりの材料をかき集めたんだぜ〜期待してろよ?」
「明日・・・?」
「ちょっと、ルフィ・・・明日はアンタの誕生日じゃない。お祝いしようって、前に・・・」
「あ・・・そうか。すっかり忘れてた」


ルフィの言葉に、ナミとサンジは肩をガックリと落とした。
ここ最近、ルフィの頭の中はゾロの事で一杯だったから・・・誕生日なんか忘れてしまっていた。


「だって、この連休中ずっと家にいたんだもん・・・日にちの感覚なんかねぇよ」
「ゾロなんかほっといて遊びに行けば良かったのに・・・断っちゃったんでしょ?もう!」
「そんな、ナミさんが怒らなくても・・・」
「だって、ルフィは連休を潰されたも同然なのよ?あのバカに・・・腹が立つったら・・・」


実はいろんな遊びの誘いがあったにも関わらず、もしも急にゾロに会える事になったら困るからと、全部断ってしまったのだ。
ルフィとて、まさかこんなに連絡が付かないとは思っていなかったから。


「で?明日、ゾロは来れるの?」
「分かんない・・・携帯の電源は切れてるし、向こうから連絡ないんだもん」
「ったく・・・何やってんだかね〜・・・」


せっかく最新作の映画を観に行ったのに、結局何だか変なテンションになってしまって。
映画館を出た後、ご飯を食べに行って、そのまま早めのお開きになった。


「じゃあ、明日!ケーキ楽しみにしてるな!」


せっかくのナミとのデートを邪魔した挙句、これではなんだかサンジに申し訳なくて、ルフィは出来る限りの明るい笑顔で言った。
もちろんサンジのケーキが楽しみなのは、本当の事だけど。


「おう!腰抜かすようなすげーの作ってやるからな!では、ナミさんもまた明日」
「ええ。私も楽しみにしてるわ」
「はぁーいvんナミさんっ」


サンジが上機嫌で帰っていったのが、せめてもの救いで。
ルフィはナミと一緒に家へ向けて歩き出した。







「あれ?」


ルフィ達と別れた後、ゾロのマンション付近を通りかかり、ふとサンジは足を止めた。
夕暮れの、少しばかり人通りが減り始めた、そんな頃合い。
向こうからやってくる見慣れた人物に気付いたからだ。


「ゾロ・・・と、誰だ?」


確かにそれは、腐れ縁の緑頭だった。
ただ、その隣に寄り添うように歩く人物がいて、サンジは慌てて電柱の陰に隠れた。
“おいおい、俺は何にも疚しくねぇぞ”と、自分にツッコミを入れながら。
そこへ、何やらぼそぼそと2人の話し声が聞こえてきて、サンジも思わず耳を済ませた。


「ふふふ・・・調味料が何もなくて驚きました」
「普段は自炊なんてしねぇからな」
「すっかり遅くなってしまって・・・すぐご飯の用意をしますね」
「ああ、別に慌てなくても良いけど」


“やいコラ、てめぇーーーっ!!”

サンジは心の中で思いきり叫んだ。
一気に頭に血が上ってしまったが、それでもまだ理性が残っていたらしく、道端で雄叫びを上げるという醜態は晒さずに済んだ。
だが、やり場のない憤りをサンジは、思いきり電柱を蹴る事で一先ず治めた。


ゾロが連れていたのは―――自分達より少し年上と思われる綺麗な女の人だった。
一杯の買い物袋を抱えて、まさに2人で仲良くお買い物帰りな様子で。


“会話から察するに、これから一緒に食事にしましょうって事か?”

今すぐにでも殴り込みに行きたい気持ちを抑えて、とりあえずポケットの煙草を取り出し、火を点ける。
肺の中の空気を一気に吐き出し、ギロリと、電気が灯るゾロの部屋へと目をやった。


「ルフィをほっぽっといて・・・何やってやがんだ、あのアホは・・・」


サンジは忌々しそうに吐き捨て、“さて、これからどうしようか”と、途方に暮れたのだった。







「どうしたの?苦い顔しちゃって」
「あのですね、ナミさん・・・ちょっとお耳に入れたいお話が・・・」


次の日、ルフィのバースデーケーキを手に、サンジはやってきた。
やってきたのは良いが、嫌な話まで一緒に連れてきた―――はっきり言って、最悪な。


「あの・・・ルフィは?」
「今は部屋よ。さっきから必死になって、ゾロに連絡とろうとしてるの」
「ったく・・・そんなルフィをほっといて、ゾロのヤツ、女の人を連れてたんですよ」
「女!?」
「ナミさんっ、しーっ!!」


ナミは慌てて口を噤むと、小さな声でサンジに聞き返した。


「女の人といたって・・・ほんとなの?」
「ええ。残念ながら、俺ははっきりこの目で見たんですよ・・・ゾロが女の人と一緒に自分家に入って行くのを」
「どんな人?まさか同じ大学の学生じゃないでしょうね?」
「違いますよ〜あの人だったら、それなりに年上ですね・・・ヘタしたら人妻かも」


サンジの言葉に、ナミは愕然とした。
まさかこんなに早く、あの男の浮気癖が露呈しようとは思わなかった。
ルフィを好きで、大切にしてくれると思ったから、だから何とか怒りも収めたというのに。


「殺す・・・」
「なっ・・・ナミさ・・ん?」
「もう絶対許さない!!あんな健気なルフィをほっといて人妻と浮気ですってぇっ!?」
「あぁっ、そんな大声で・・・っ!!」


ナミが怒りに任せて怒鳴り声を上げるのを、サンジは慌てて止めた―――が、間に合わなかった。
カタンと、廊下から物音がしたかと思うと、ナミとサンジが振り向く間もなく静かにドアが開き、いちばん聞かせたくなかった人物が立っていた。


「今の・・・ほんと?」
「ルフィ・・・」
「ゾロ、浮気してるって・・・ほんと?」


呆然とした顔のまま、大きな黒い瞳はうるうると潤んで、今にも涙が零れ落ちるのではないかと、サンジはうろたえた―――が、しかし。


「もうぜってー許さねぇ!!叩きのめす!!」


うがーっ!と、今にも暴れだしそうな剣幕で、ルフィは怒り始めた。
さっきまでの儚げな姿はなりを潜め、それは猛烈に、本来の気性の荒さを見せ付けたような感じで。


「浮気してんなら、男らしくはっきりと言えば良いんだ!コソコソ隠れやがって!!」
「そうよ、ルフィ!あんな不届き者、ボコボコにやっちゃえば良いのよ!!」


またそれを増長するように、ナミまで一緒に暴れ出しそうな勢いで叫ぶ。


ああ―――そうだ、ルフィは男の子だったんだ。

サンジは当たり前の事を、さも今思い出したように噛み締めていた。
出会った頃から、屈託なくて、誰にでも懐く可愛らしさを持った男の子だったけれど、どこかこちらを窺うような目をする事があって、どうにも放っておけない印象は拭えなかった。
苦しみや悲しみから守ってあげたいと、そんな慈愛の気持ちを自然と起こさせるような存在。
だが、泣いたり喚いたり打ちひしがれたり、ただ傷付くだけの子ではなかったんだと、サンジはそっと胸を撫で下ろした。


と同時に

“あぁ・・・この2人は確かに姉弟だ”と、サンジは内心納得したように頷いた。


next***


すいません・・・長くなってしまったので真っ二つ〜。